うどん派ですか? それともそば派ですか?
日本人にとって身近な麺料理である「うどん」と「そば」。
どちらも古くから親しまれていますが、
「歴史が古いのはどっち?」
と聞かれると、意外と答えに迷う人も多いのではないでしょうか。
実は、原料そのものの歴史と、現在のような麺としての歴史では答えが変わってきます。
この記事では、
について解説します。
結論から言うと、
原料である小麦とそばは、どちらも縄文時代には栽培されていました。
しかし、現代のような麺料理として広まった時期を比較すると、
「そば」の方が「うどん」より少し早く普及したという説が有力です。
とはいえ、どちらも江戸時代に庶民の間へ広まったため、大きな差はありません。
うどんの原料である小麦は、縄文時代後期には日本へ伝わっていたと考えられています。
ただし、現在のようなうどんとは大きく異なります。
うどんのルーツとされるのが、
索餅(さくべい)
と呼ばれる中国由来の食べ物です。
小麦粉を練って縄状にしたもので、奈良時代には日本へ伝わっていました。
当時は一般庶民が気軽に食べられるものではなく、
皇族や貴族が食べる高級料理
だったと言われています。
平安時代から鎌倉時代にかけて調理法が変化し、
熱麦(あつむぎ)
と呼ばれる温かい麺料理が登場します。
これが現在のうどんの原型と考えられています。
そして江戸時代になると、現在のような平たい麺のうどんが全国へ広まりました。
そばもまた、縄文時代から栽培されていた作物です。
しかも、そばは寒冷地や痩せた土地でも育ちやすいため、全国各地で広く栽培されていました。
現在のような麺状ではなく、
そば粉を練って団子状にした「そばがき」
が主流でした。
縄文時代の遺跡からそばの花粉や種子が見つかっており、古くから食べられていたことがわかっています。
現在のような細長い麺のそばは、
そば切り
と呼ばれます。
室町時代後期から江戸時代初期にかけて誕生し、江戸の町で急速に広まりました。
江戸時代は外食文化が発展した時代でもあり、屋台で手軽に食べられるそばは庶民の人気を集めました。
実は江戸では、白米中心の食生活によるビタミン不足から「脚気(かっけ)」が流行していました。
そばにはビタミンB1が豊富に含まれているため、
「そばを食べると脚気予防になる」
と考えられ、人気が高まったとも言われています。
一般的には、
というイメージがありますよね。
しかし、実際にはそれほど単純ではありません。
地域によって人気はさまざま
例えば、うどんの消費量上位には、
がランクインしています。
一方、そばの消費量上位には、
などが入っています。
つまり、
「東だからそば、西だからうどん」
と一括りにはできないのです。
地域ごとの歴史や食文化によって、好まれる麺が変わっているんですね。
よく知られている日本三大うどんは、次の3つです。
ただし、正式な認定機関があるわけではありません。
そのため、
などを含める説もあります。
日本三大そばとして広く知られているのは、こちらです。
特にわんこそばは、食べ方そのものが観光文化になっています。
地域ごとに特徴が異なるのも、そばの面白さですね。
最近は各地の名物うどんやそばを、自宅で手軽に楽しめるようになりました。
など、地域による違いを味わうのも楽しみ方のひとつです。
食べ比べセットはギフトにも人気があります。
うどんとそばは、どちらも縄文時代から続く長い歴史を持つ食べ物です。
原料の歴史に大きな差はありませんが、
麺料理として庶民に広まったのは江戸時代
という共通点があります。
また、地域ごとに独自の進化を遂げてきたことも、日本の麺文化の魅力です。
次にうどんやそばを食べるときは、その一杯に込められた長い歴史にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
それではまた!